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調査研究論文の要旨

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企業間取引の適正化についての研究
-優越的地位の濫用の「法と経済学(law & economics)」の視点からの考察-

  1. 製造業の下請系列的ネットワークを代表例として日本の企業間取引の特徴をみると、親事業者が下請事業者と緊密に情報を交換し協力してきたことが挙げられる(目的は「擦り合わせ型」のもの作りによる競争力の維持・向上)。下請事業者は関係特殊的投資を実施する必要があり、ホールドアップ問題を回避し、その投資を最適な水準に維持するために、親事業者は機会主義的行動を取らないという保証・コミットメントをする必要がある。そのために、資本参加、役職員の派遣、資金支援、技術指導等の生産要素を提供してきた。これが経済理論からみた、下請系列的なネットワークの形成・発展の要因である。しかし、特に1990年代以降、経済のグローバル化、ICT革新によって、関係特殊的投資を必要としない「モジュール型」のもの作りが台頭していることから、関係特殊的投資の保護の保証としての、生産要素の提供が2000年代入り後急激に減少しており、下請系列的な取引関係が変容している。
  2. 優越的地位の濫用は、独占禁止法において、不公正な取引方法の一つとして禁止されている。乙にとって甲との取引の継続が困難になることが事業経営上大きな支障を来すため、甲が乙にとって著しく不利益な要請等を行っても、乙が受け入れざるを得ない場合、甲が乙に対して「優越的地位」にあると考える。濫用行為の類型としては、購入・利用強制、協賛金等の負担の要請、従業員等の派遣の要請、その他経済上の利益の提供の要請、受領拒否、返品、支払遅延、減額、その他取引の相手方に不利益となる取引条件の設定等(取引の対価の一方的決定、やり直しの要請、その他)がある。公取委は、正常な商慣習に照らして不当に不利益を与える場合、その程度、行為の広がり等を考慮して、個別の事案ごとに判断している。
  3. 下請法についてみると、下請事業者と親事業者を外形的基準で線引きし、なおかつ手続規定と実体規定について画一的に詳細に定めることにより、大量の事案を迅速・簡便に処理する体制を整備している。執行の状況をみると、違反行為が広く薄く拡大しており、一部の親事業者の内部でコンプライアンス体制が有効に機能していない可能性が示唆されている。近年、下請法に、親事業者にコンプライアンス体制を強化するインセンティブを付与するための柔軟性を加える取り組みがなされている。
  4. 日本では、優越的地位の濫用に関する「法と経済学」的な研究が進んでおり、濫用禁止の理由は大要以下の通りに集約される。
    情報の非対称性に起因する不完備契約下の継続的取引においては、情報劣位であることが多い下請事業者は、関係特殊的投資を実施すると、その親事業者との取引にロックインされる(locked-in)ため、親事業者の事後的な機会主義的行動によるホールドアップに直面するリスクがある。すると、こうしたリスクを警戒する下請事業者は効率的水準までの関係特殊的投資を実施しなくなる。これを回避したい親事業者は、下請事業者の株式取得などの方法によってホールドアップを行わないという「保証・担保」を提供する場合がある。また、親事業者にとっては、「レピュテーション」の維持が重要であることも、ホールドアップを行わないインセンティブになる。しかし、こうしたメカニズムは、親事業者の収益が厳しさを増している時には機能しにくくなり、経済効率性を阻害する可能性がある。
    また、下請法による行政処分的な色彩の執行は取引の継続を前提としており、関係的契約の保護を通じた経済効率性の維持・向上に寄与する可能性がある。
    優越的地位の濫用の本質は、被強制者が自らにとって不利益な選択をせざるを得ない状況に追い込まれるという意味での「強制」にある。OECD競争委員会委員長のジェニーは、その「強制」に屈服しなければ、被強制者の状況が悪化することと、事前には予測できなかったことも優越的地位の濫用における「強制」が成立する条件であることを明らかにした。その上で、ジェニーは、「民事法によって十分に執行できないケースが途上国のみならず先進国においてもありうることを考慮すると、優越的地位の濫用を無視することは自由競争基盤を侵害する可能性がある。…優越的地位の濫用は…規制するとしても、事前には濫用を予期できなかったケースや、悪影響が大きいケースなどに取扱い対象を限定することが求められる。」と論じている。
  5. 日本の判例・審決等をみると、製造業における減額等の典型的な事案の他に、大規模小売業で巨額の課徴金が課される事案が散見されている。これは、大規模小売業が発信源となって、優越的地位の濫用がサプライチェーンの上流へ遡上するリスクがあることに鑑みて、公取委が警告を発しているとみることができる。またコンビニエンスストアの本部と加盟店との取引契約では、加盟店が関係特殊的投資を出店時に行っている中で、本部にとって有利な契約条項が適切に説明されないこと等から、優越的地位の濫用の温床となっている可能性がある。さらに、金融機関と借入を行う中小企業との間でも、無形の関係特殊的投資を中小企業が行っていると考えることができ、取引の強制がなされるケースがみられている。多くのケースで濫用を行う側でのコンプライアンス体制の継続的な強化が必要であるとみられる。
  6. 競争法の側面からは、サプライチェーンを通じたCSR(企業の社会的責任)の推進に名を借りて、減額、協賛金等の負担の要請、従業員等の派遣の要請といった日本法で「優越的地位の濫用(Abuse of Superior Bargaining Power: ASBP)」として禁止されている類型に類似した行為(ASBP類似行為)によって、国内外のサプライヤー(大方は中小規模の企業)にコストを不当に転嫁する事態が発生するリスクが考えられる。リーマンショック後に制定された米国の金融規制改革法(ドッドフランク法)の内容を米国証券取引委員会が具体化した「紛争鉱物規制」が施行されたことにより、このリスクが世界中で問題化する可能性がある。
  7. 消費税の円滑な転嫁がサプライチェーンの川下の流通業者による優越的地位の濫用によって阻害されるのを防ぐために「消費税還元」を名目としたセールを禁止する特別措置法が成立した。大手流通企業等ではこの特措法に対する反対意見が大勢を占めているが、優越的地位の濫用の根の深さを考慮すると、一定の意義が認められる。結局、優越的地位の濫用の禁止の是非は、①消費者を優先するのか、②経済的インフラとしてのサプライチェーンの安定性を優先するのか、あるいは③両者の間での均衡を図るのかについての選択を、政府・国民に迫るものである。適切な選択のために、当局が実証分析を行い、建設的な議論が深まることが期待される。

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